北陸地域における公共交通の課題と展望

公共交通が北陸の地域づくりを先導する。将来像や課題をしっかり見すえた、戦略的な交通ネットワークの形成が欠かせない。

川上 洋司(福井大学大学院工学研究科教授)

公共交通の意味を住民が再認識
地域で走らせた「えちぜん鉄道」

公共交通と地域づくりを語る上で、北陸にはもう一つモデル的な事例がある。福井市の「えちぜん鉄道」の再生である。

「えちぜん鉄道」の前身は京都に本社を置く京福電鉄。福井駅前から勝山市、坂井市を結び、生活や観光の足として利用されてきたが、利用客の減少に加えて事故の発生などもあり、2001(平成13)年6月に全線の運行を停止し10月には廃止届を国土交通省に提出した。運行停止からおよそ2年間、福井市民は鉄道という公共交通機関を失ったのだ。

今まで当たり前に存在していた鉄道が突然なくなるというこの2年間の経験は、福井市民に公共交通機関が果たしている役割を再認識させ、意識変革を促した。そしてその意識変革が結果として「えちぜん鉄道」としての再スタートへとつながった。

運行停止前(京福電鉄時代)の利用客数は1日平均8,300人。決して少なくはないが利用客数は減少を続けており、今後も減少すると考えられていた。突然の運行停止に伴い、代行バスが導入されたが乗り換えたのは以前の利用者の36%にとどまった。2割の人が外出することを減らし、残りは自家用車を利用することになる。特に電車通学をしていた高校生への影響は大きく、バスを利用しての遅刻を避けるために家族によるマイカー送迎を行うと、沿道の交通渋滞が多発し、やはり遅刻してしまうという悪循環に陥った。

沿線の店舗や事業所では自動車での来店に対応して駐車場の整備や拡張を迫られる。また病院等では駐車場の整備以外に、通院者のために送迎バスを走らせることを求められた。2年4ヶ月に及んだ鉄道の運休は、これまでの鉄道利用者だけでなくその家族をも巻き込んで様々な負担を強いた。さらに交通渋滞や環境・エネルギーの影響など、多方面で社会的コストを増大させた。

逆にいえば、京福電鉄という公共交通機関は、1日8,300人の移動の便益を提供するだけでなく、個人や社会の様々なコスト(負担)を肩代わりしていたことが明らかになったわけである。公共交通機関が果たしている社会的な役割や目には見えにくい様々な便益を、2年間の休業によって福井市民及び沿線住民は体験し、実感した。そして社会的インフラとしての公共交通機関への認識を新たにした。こうした地域全体の体験や意識が、第3セクター方式による「えちぜん鉄道」としての再開を推進する大きなエネルギーとなったといっても過言ではないだろう。沿線住民を中心として数万人に及ぶ署名と、沿線事業者を中心に多額の募金が集まったのはその現れだ。

再開後の「えちぜん鉄道」は、譲り受けた駅舎や車両等の費用や運行再開のための設備投資、保守管理等の費用は福井県が負担し、新たに誕生した「えちぜん鉄道」(企業)は運行と事業経営に徹するという、上下分離方式によって経営されている。女性添乗員が同乗する「アテンダント」や沿線自治体と連携した体験ツアーなど、マーケティング発想に基づく地域密着型の企画や事業展開によって着実に「えち鉄ファン」を増やしているようだ。

地域住民が自分たちの足として、また地域社会のインフラとして公共交通機関を理解・意識し、それを守り維持するために積極的に利用する。「えちぜん鉄道」は約2年間の休業という痛みを経て、住民が応援する関係を手に入れた。こうした公共交通機関と地域社会、住民の関係は、今後の地域づくりにとって大きな力となる。

今、えちぜん鉄道の沿線でフィーダーバスの導入が進められている。新たな地域づくりにつながるこうした試みも、地域住民の応援がなくては実現できないものだ。

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